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うえすぎけんしん
上杉謙信
吉川 英治
線上閱讀吉川 英治《上杉謙信(うえすぎけんしん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 頁
天まだ晦し
馬の口輪でも外したか、悍気を立てた一頭が、耳、鬣を打振って、高く嘶いた。あわててそれを叱りながら、組の部将は飛びついて、馬の首をふところへ抱きしめた。
――嘶くな。後生だから。
馬へ頼まないばかりに宥める。まさにこれからの前進は、一歩一歩に密かを要した。
チラチラと、兵の腰から赤くこぼれる光は火縄の火だった。極力、敵に覚られまい為にはそれを秘したいところだが、敵はすでにすぐ鼻先にぶつかるかも知れないのである。敵を見てから火縄を点じたのでは間にあわない。
左に北国街道らしき並木。
行手に、犀川の水音、また丹波島の木立らしい影。
何しろ、霧は深し、夜は明けぬ闇なので、確たる目標はつかないが、先鋒の柿崎和泉守が方向をさぐりさぐり進むのに従いて、全軍およそ一万二千余の兵と馬と車とは、あらゆる物音をひそめながら、やがて川中島を踏みしめ、北進北進して、犀川の際までそのまま行軍した。
ゆうべ、妻女山を陣払いするに当って、遽に、
(総軍越後へ帰国)
と聞かされ、そうとばかり信じていた大部分の士卒は、ここへ来るまで、勿論、犀川をなお北へ渡って、善光寺方面へ行くものという考えを少しも疑っていなかったが――先頭の大荷駄、また先鋒柿崎和泉の隊、二陣本庄隊、三陣村上隊また新発田隊、長尾隊、つづいて中軍の謙信以下の旗本群まで――犀川