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うえすぎけんしん

上杉謙信

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《上杉謙信(うえすぎけんしん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 頁

青空文庫

「こなたの家に、鶴菜という若い女子が世話になっておろうが。わしは鶴菜の身寄りのもの。甲府の伝右衛門が迎えに来た。そういうてくれぬか」

「はい。……かしこまりました」

禰宜の妻は、手を拭きながら、後退りに彼の前を去った。そして急に台所口から奥へ駈けこんだ。

家の中で、鶴菜の声がした。鶴菜はまだ弾傷が癒えないで床に横たわっていたが、父の伝右衛門が来たと聞くと、濡縁まで転び出して来てさけんだ。

「お父さまっ」

この日は伝右衛門もいつぞやのような怖い顔の人でなかった。つかつかと歩み寄るなりその腕に、このいじらしいものを深々と抱いて、

「むすめ。むすめ……」とのみでしばし何のことばもない。

父娘の者が、人目もなく、そこに相擁しているすがたを奥から眺めながら、禰宜の妻は、いぶかしげに、懐をあけて、児に乳ぶさを与えていた。

呉越の道

次の日、ひとつ駒の背に、父娘は乗って、いわゆる「信玄の棒道」を、初鹿野伝右衛門は甲府へ向ってゆく。

身はなお具足に鎧っていたが、主君に許されて今は鶴菜の父となりきっている彼だった。

一城を賜い、一郡を受けるよりも、彼として、これは無上な主恩と感じている。