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もめんいぜんのこと
木綿以前の事
柳田 国男
線上閱讀柳田 国男《木綿以前の事(もめんいぜんのこと)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 177,586 字 · 348 頁
古風な村里に成長した人ならば、もっと若い人でも私と同じ印象を持っていることと思う。常は物数の少ない遠慮がちな家刀自、もしくはやや気むつかしく物固い婆様などが、一代に何度という晴の席へ出ては、自分もアエをして盃を勧め、所望によっては小歌などの、その場の情景にひたと合ったものを、朗らかに歌い出すことがあった。それが単なる興味という以上に、一種異常の感動を与えたことは、詳しく説明をするまでもない。全体に歌は農民の間において、以前は今よりもはるかに重んぜられていた。それが稀々にはこういう事実も伝えられて、いよいよ真面目なる女たちの、日ごろのたしなみの内に算えられていたのである。きょうは様子によっては歌うことになろうも知れぬと、前からの覚悟が有ったにしても、または酔いのはずみの即興であろうとも、とにかくに耳で聴き覚えるよりほかの練習は無くて、大抵の女たちは胸の奥底に、歌わぬ歌を絶えず抱えて持っていた。民謡の根ざしは案外に深い処にあったのである。それが芽をくみ花と開く機会が、後年はあまりにも間遠であったために、枯れて跡形も無くなったことを、何人も気づかずに終ったのである。