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たまものまえ

玉藻の前

岡本 綺堂

線上閱讀岡本 綺堂《玉藻の前(たまものまえ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 130,703 字 · 261 頁

青空文庫

彼女は果たして魔性の者であろうか。年の若い千枝太郎は師匠の教えを少し疑うようにもなってきた。それでも彼は迂闊に油断しなかった。

「お師匠さまは厳しいで、御用のほかには滅多に外へは出られぬ。それはわしばかりでない。ほかの弟子たちも皆それじゃで是非がない」

「ほんにそうであろうのう」と、玉藻は低い溜息を洩らした。「それでも忍んで出られぬことはあるまいに、たった一度じゃ、逢うて下されぬか。むかしの藻じゃ、憎うはあるまい。それともお前、ほかに親しい女子でも出来たのか。もう昔の藻を何とも思わぬのか。このあいだも言うた通り、人の身の行く末は知れぬものじゃ。山科の里に一緒に育って、おまえは烏帽子折りの職人になる。わたしも烏帽子を折り習うて……。思えばそれもたがいに幼い同士の夢であった」

千枝太郎の眼の前には、その幼い夢の絵巻物が美しく拡げられた。山科の里の森や川や、それを背景にして仲よく遊んでいた二人の姿も、まぼろしのように浮かび出した。彼はうっとりとして玉藻の顔を今更のように見つめた。そうして、何事をか言おうとするとき、奥から一人の侍が出て来た。

侍は胡乱らしく玉藻をじろじろ眺めているので、玉藻は丁寧に会釈して、主人の入道に取次ぎを頼むと、侍は更に彼女の顔を睨むように見て、すぐに内へ引っ返して行った。