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たまものまえ
玉藻の前
岡本 綺堂
線上閱讀岡本 綺堂《玉藻の前(たまものまえ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 130,703 字 · 261 頁
安倍泰親は妖魔を退散せしめた稀代の功によって従三位に叙せられた。
「泰親もこれで務めを果たしたわ」
彼は初めて鏡にむかって、俄に鬢鬚の白くなったのに驚いた。しかも彼に取っては一代の面目、末代の名誉である。今まで閉じられた屋敷の門は、そのあしたから大きく開かれて、祝儀の人びとが門前に群がって来た。
その賑にぎしい屋敷の内に只ひとり打ち沈んでいる若い男があった。それは千枝太郎泰清である。彼は当日の朝から俄に胸苦しいのを努めて、祈祷の供に加わった。祈祷が終わると、彼はもう魂がぬけたように疲れ果ててしまった。あくる日もやはり胸がいっぱいに塞がっているようで、湯も喉へは通らなかった。
「張りつめた気がゆるんだせいじゃ。おちついて少し休息せい」と、兄弟子の泰忠が親切にいたわってくれた。
張り詰めた気がゆるむ――どうもそればかりではないらしく、彼自身には思われてならなかった。
悪魔が形を消した――それは勿論、喜ばしいことに相違なかったが、それと同時に藻という美しい女の形がこの世界から全く消え失せてしまったということが、千枝太郎には悲しく思われた。こうなると、たとい悪魔の精を宿しているにもせよ、藻という女の姿をもう少しこの世にとどめて置きたかった。