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あるはいまつのどくはく
ある偃松の独白
中村 清太郎
線上閱讀中村 清太郎《ある偃松の独白(あるはいまつのどくはく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 132,905 字 · 262 頁
二 谷に向う
又ある時は、上流の一部を垣間見た。二つの大山脈のむずと押し並んだ、遙かあわいに、ひびのような青黒い条痕が一と筋、印されていた。薬師岳と赤牛岳との間、猟夫の奥廊下と呼ぶあたりであったろう。一度しみじみ、その谷水に親しんでみたいものだと、かねて思っていた、それが大井川を見て一層つのったわけだ。(大井川については「大井川奥山の旅」――前著『山岳渇仰』に収む――に詳しく書いた)。
二 谷に向う
時は来た。大正四年、宿望の黒部に入る日が。日本でも富直線ほど好ましい――ロマンチックな、そしてエキゾチックな鉄道が、またあろうか。高い山は深い海に、逆落しに突入している。「親しらず」の荒海も、晴れた七月の空の下では、さすが青畳を敷いたように静かで、霞かげんに漂渺としているが、山と海との相交わる勢いは、はなはだ荒らかなものである。糸魚川、境川、小川などが、車窓をふさがんばかりに壁立する前山の、囲みを破って海に落ちる。そのわずかに開いた扇状地の要どころを、一髪に渡って汽車は走る。たちまち谷の上空に、高くしかも近く、顎を伸ばしている雪もつ峯を瞥見する。赤味を帯びた裸岩と、むしろ藍に近い草木の緑とが、残雪を際立てて光らせる。