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すみだがわ
すみだ川・新橋夜話 他一篇
永井 荷風
線上閱讀永井 荷風《すみだ川・新橋夜話 他一篇(すみだがわ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 44,378 字 · 88 頁
鐘――エエばアかり――
という一番高い節廻をば枯れた自分の咽喉をよく承知して、巧に裏声を使って逃げてしまった。
夕日が左手の梅林から流れて盲人の横顔を照す。しゃがんだ哀れな影が如何にも薄く後の石垣にうつっている。石垣を築いた石の一片ごとに、奉納した人の名前が赤い字で彫りつけてある。芸者、芸人、鳶者、芝居の出方、博奕打、皆近世に関係のない名ばかりである。
自分はふと後を振向いた。梅林の奥、公園外の低い人家の屋根を越して西の大空一帯に濃い紺色の夕雲が物すごい壁のように棚曳き、沈む夕日は生血の滴る如くその間に燃えている。真赤な色は驚くほど濃いが、光は弱く鈍り衰えている。自分は突然一種悲壮な感に打たれた。あの夕日の沈むところは早稲田の森であろうか。本郷の岡であろうか。自分の身は今如何に遠く、東洋のカルチェエ・ラタンから離れているであろう。盲人は一曲終ってすぐさま、
「更けて逢ふ夜の気苦労は――」と歌いつづける。
自分はいつまでも、いつまでも、暮行くこの深川の夕日を浴び、迷信の霊境なる本堂の石垣の下に佇んで、歌沢の端唄を聴いていたいと思った。永代橋を渡って帰って行くのが堪えられぬほど辛く思われた。