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せかいかいきじつわ「じょぶん」

世界怪奇実話

牧 逸馬

線上閱讀牧 逸馬《世界怪奇実話(せかいかいきじつわ「じょぶん」)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 251,305 字 · 498 頁

青空文庫

物質的には恵まれ過ぎる程恵まれているのだし、第一、性来呑気な女で、その他の精神的な苦痛などがありそうなジャネットではなかった。其の晩も、例ものように元気よく、メリイ・セレスト号の話しを気味悪がりながらも、しきりに合槌を打って聞いていて、自分でも、その神秘に対する解釈を、考え考え話してみたりしていたが、そのうちに、社交室の柱時計が九時を打つと、思い付いたように甲板の揺椅子を離れて独りで階下の船室へ駈け降りて行った。ジャネットは始終駈け下りたり駈け上ったりしているので、誰も気に留めなかった。いまこの、華やかなジャネット夫人が、口笛を吹いて階段を走り降りるところを想像してみる――富豪の若夫人らしい care-free な態度で、ジャネットは、船室へ這入る。急に疲れを感じて、もう甲板へ帰らないことに決めて、寝巻に着更える。脱いだドレスを足許の床に其の儘にして、船室に空気を入れようと窓の方へ進む。窓を開ける。前から言う通り、ようやく首が出るだけの、円い小さな船窓だ。ちょっと外を覗く。黒く光って流れるラインの水が、夜の唄を歌っている。其の時、その小さな窓から何者かの手が伸びて来て――ジャネットは低く叫んだまま、その狭い船室内に居なくなったのだ――としか、これ以上誰にも想像出来ないのである。