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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
線上閱讀山本 周五郎《樅ノ木は残った(もみノきはのこった)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 頁
「これまではふざけていたっていうわけか」
「そのことも話しましょう、待っていますから、お顔を洗って来て下さい」
「ごめんだ」そんな必要はないと云って、新八は脛や手をぼりぼり掻き、欠伸をし、そして、頬にとまった蚊を叩いた、「云ったらいいじゃないか、話しはたいていわかってるぜ」
それからおみやの顔を見て云った。
「聞いてるよ」
「あたしいま、兄にも断わって来たの、あたしもう兄とも縁を切るし、この家へも帰らないつもりよ」
「そうらしいな」と新八が皮肉に云った、「おれもそんなこったろうと思ったよ、こんどはどんな男なんだい」
「あなたにははっきり云います」とおみやは眼を伏せた。
おみやは黒田玄四郎のことを話した。同じ酒井邸の者で、新参ではあるし、身分はまだ足軽にすぎないが、算筆が達者なのを認められて、勘定部屋へ勤めている。年は二十五歳くらいだろう、ごく温和しい、まじめな性質で、彼を見ていると、自分が洗われるような気持になる、とおみやは語った。
新八はなにか考えながら聞いていた。おみやの話しは、半ばうわのそらで聞きながら、なにか思いだそうとしているようだったが、ふと、足軽、と呟くなり、おみやの話しを遮った。