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たまものまえ
玉藻の前
岡本 綺堂
線上閱讀岡本 綺堂《玉藻の前(たまものまえ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 130,703 字 · 261 頁
露も深くなる。風邪ひかぬように気をつけてくれよ。夏から秋、秋から冬の変わり目はとかく病人の身体にようないものじゃ。いっそ冬になり切ってしもうたら、おれも起きられるようになろうも知れぬ。あまり案じてたもるなよ。おれの手足がすこやかになったら、太刀の柄巻きしても、雀弓の矢を矧いでも、親子ふたりの口すぎには事欠くまい。はは、今すこしの辛抱じゃ」
「あい」
柿のこずえには大きい鴉が狡猾そうな眼をひからせて、尖ったくちばしを振り立てながら枝から枝へと飛び渡っていたが、藻はもう手をあげて追おうともしなかった。彼女は父の前に手をついて、おとなしくうつむいていた。くずれかかった竹縁の下では昼でもこおろぎが鳴いていた。
父の行綱は今こそこんなにやつれ果てているが、七年前は坂部庄司蔵人行綱と呼ばれて、院の北面を仕うまつる武士であった。ある日のゆうぐれ、清涼殿のきざはしの下に一匹の狐があらわれたのを関白殿がごろうじて、あれ射止めよと仰せられたので、そこに居あわせた行綱はすぐに弓矢をとって追いかけたが、一の矢はあえなくも射損じた。慌てて二の矢を射出そうとすると、どうしたのか弓弦がふつりと切れた。