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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《私本太平記(しほんたいへいき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 126,598 字 · 254 頁

青空文庫

莚にすえられていた日野俊基は、彼の姿には、よほど意外だったらしく、いかにもうれしそうだった。

「……殿」と、いっただけで、助光はただ嗚咽してしまった。

「長くはならぬぞ」といわれていたのだが、なにもいえない。

太刀把りの武士は、十歩ほど退いて後ろに突ッ立っていた。すでに太刀は抜かれ、刃は掛け水を待つばかりだったのだ。

「助光。……奥方は無事か。病みもせず暮らしているか」

「は、はい。……とまれ、御無事ではいらっしゃいます。こ、これが北ノ方様からのお文にござりまする」

「やれ、なつかしや」

彼は、さけんだ。何の人前がと、俊基は見得もなくそれをむさぼり読んだ。いや、読み終った文殻をもなお顔に押し当てて、小右京の肌の香を嗅いでいた。そのうちに、みるみるそれはぐっしょり濡れてしまった。

「硯を。――工藤どの、硯を貸して給われい」

やがて彼方へ向かっていうと、工藤自身が、それへ旅硯を持って来てくれた。俊基は、添え小刀を取って、一ト握りの髪を切り、それを妻の文殻にくるんで助光に託してから、べつな懐紙へこう辞世の偈をしたためた。

古来ノ一句 死モ無シ生モ無シ

万里雲尽テ 長江水清シ