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あるはいまつのどくはく
ある偃松の独白
中村 清太郎
線上閱讀中村 清太郎《ある偃松の独白(あるはいまつのどくはく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 132,905 字 · 262 頁
それ以上何を望もう。私は改めて、本堂へ懇請して、快諾を得、はずむ心に一おう帰宅。いろいろ用意のうえ、正月早々、裏道から、赤沢を経て登山したわけ。
本堂、敬慎院というのは、これより南へ、七、八町ばかり、そこは正月だけに、信徒が身延ごしにちらほら登り、誦経の声、梵鐘の響も絶えぬものから、雪の山路を踏み分けて、ここ奥之院まで詣る殊勝人は、至って稀。あたりは、唐檜、白檜、一位など、落葉樹と共に枝を交えて、そぞろ山深い感がする。白峯山脈の分派、七面山の、その東北角に当り、高距およそ千七百メートル。山鼻に、影嚮石なる巨岩がそびえ、苔の厚衣に、しめ繩をめぐらす。往昔、この山の地主神、七面大天女、蛇体を現じ給い、この岩を七巻半巻く……と言い伝えられる霊域である。山路を隔てて、ささやかな天女堂、それと縁つづきになって、この頽廃した宿坊が一宇、寂ねんと。これぞ、奥之院と呼ばるる世外の一廓。天女祠の背戸からは、北の空近く、白峯三山、地蔵、鳳凰、西へ廻って荒川、悪沢、笊ガ岳……と、きらやかな氷雪の巨人群、木ぬれを圧して、ずらり仰がれる。かりそめに、この絶境のあるじとなった私の、歓喜と興奮に何の無理があろうぞ。