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あるはいまつのどくはく

ある偃松の独白

中村 清太郎

線上閱讀中村 清太郎《ある偃松の独白(あるはいまつのどくはく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 132,905 字 · 262 頁

青空文庫

銅金具の光る、広い浴槽には、参籠者があってもなくても、いつも熱い湯がなみなみ。

湯から上れば、座敷の炉ばたに、精進料理の膳が出て、誰か近付きの坊さんと一座で、般若湯を汲み汲み、談笑のうちに、満ち足りた食事をする。奥之院とは、それこそ雲泥万里。ここは、金殿玉楼のもてなしとも言おうか。よく坊さんたちは――あちらはひどいでしょう、今夜はここへお泊り。……朝早く帰れば、お仕事の方にも、さしつかえありますまいが………そう言って、しきりと勧めてくれたものだ。けれど私は、夜が更けようと、大雪になろうと、必ずあのわびしい破れ堂に、戻って行った。そうしないでは、いられなかった。どうも、その方が性にあっているらしい。坊さんたちは、いかにもけげん顔。恐らく、親切な彼らにも、私の真の気持ちは、ついに通じなかったかもしれない。

夜の富士は、不思議と小さい。月夜はことに低い――というより、遠い。星月夜には、空に吸われて、銀の冠りさえ有りや無しや。心髄ばかりが残った風な。白峰の北岳などは、もう瘠せ細って、蝋燭めく。南天高く、輝く燈台鬼となって、オリオン星座が二王立ち、天狼星は、岳陽の空をつんざいて、すさまじい冷光を吐き出し、北斗は、ゆうゆう、金峰山頭を徘徊する。