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あるはいまつのどくはく
ある偃松の独白
中村 清太郎
線上閱讀中村 清太郎《ある偃松の独白(あるはいまつのどくはく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 132,905 字 · 262 頁
向うには宇奈月谷が、残雪にからむ雲の底から落ち込んで、ヒヤリと緊張のさむ気を神経に伝える。なるほど黒部へ来たナ――とうなずかれるのだが、このささやかな耕地と、作事小屋のポツリとある、桃原つづきの段丘が、後年いわゆる宇奈月の温泉町となったのである。今日、電車でこの町へ送り込まれた人が、眼をこすって、悪雑なペンキ看板の障壁の背後に、黒部谷をうなずこうというのは、まず容易の業ではあるまい。その後数年、あの初遡行をやった、大正八年頃には、桃原の下も手に、愛本温泉というのができていた。上流の二見温泉を引いて来たもので、あたりになじまない、殺風景な、まず一軒屋の体だったが、只向うの見あげるような山腹に屋根が一つ見えるので、あれは何だ、と助七にたずねたら、「あれは太皷をたたく家よ……」と答える。解しかねた私に、彼が笑いながら説明した所によると、それは、「芸者のいる家」という意味らしい。私は唖然とした。あたりを見廻して、それが狐狸の化けたのででもなければ、平仄が合わないような気がした。これが今の宇奈月の濫觴であったのだ。
これから鐘釣温泉への途上も、長いがまた、いい心持ちの道だった。