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あるはいまつのどくはく
ある偃松の独白
中村 清太郎
線上閱讀中村 清太郎《ある偃松の独白(あるはいまつのどくはく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 132,905 字 · 262 頁
飛鳥より天平にかけ、画工の渡来も多く、また日本の作家も続々現われて、日本風の山の絵も作られた。宋元の頃は山水画の黄金時代で、それが日本に将来され、牧谿のように支那に真蹟がなくて、日本にそれが見られるといった例さえある。
『岳』の古文の挿図
他方西に向うと、甘粛の燉煌千仏洞に六朝から唐宋頃の壁画があって、山が描かれているが、南ではアジャンターの壁画の外には、印度各地やジャワのポルポドールの浮彫にも、環境が山に縁が深いにかかわらず、それが見られないようだ。つまり山の絵は、支那から日本に移っておおいに栄えたということになろう。殊に南宗の水墨画は、日本の風土に合ったか、大いに迎えられ行われたが、その亜流がいわゆるツクネ芋山水の※(「さんずい+巳」、第3水準1-86-50)濫をも招いた。
支那でなぜそんなに山水画が発展したか。それは一つは、あの茫漠単調な地平線を破って突兀と聳える山岳が、はなはだ印象的で、人心の要求に合致した点にあるだろう。そして一見唐突で不自然とも見える画中の山が、必ずしも空想の産物でないことは、ひとたび実景を見た人はうなずけるだろう。その影響から、日本山水の実景さえ、耶馬渓とか昇仙峡、妙義山のような所がもてはやされた時代があった。