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あるはいまつのどくはく

ある偃松の独白

中村 清太郎

線上閱讀中村 清太郎《ある偃松の独白(あるはいまつのどくはく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 132,905 字 · 262 頁

青空文庫

硫黄沢は細いけれども、崩れに崩れて、まったくひどい荒れ谷であった。その乱岩の間にところどころ、白煙をあげて硫気を吐き、沢水は怪しく白黄濁して、地獄めいた凄気を漂わせている。もとは入浴の出来る処も二、三箇所あったのだが、前年の出水で、まるで跡方もない――と、助七さえ、みちみち驚いたように話していた。これが、中ノ谷を併せてからは、堂々たる大谷となって、祖母谷の本谷へ落ち合うまでの間、距離としてはわずかであるが、山は水に殺げ落ち、水はその根に噛み付いて、真に険絶を極め、その高い断崖の中腹を横過する困難と危険は、到底本谷などの比ではなかった。実測の五万分ノ一図が、硫黄沢を黒部本流に直接落ちるように作図してあったなど、重大な誤謬を冒したのも、踏査が如何に困難であるかの証左であろう。

山人たちは、さすがにこうした難場をこなすわざにおいて、実に至妙を得ているのに、今さら驚嘆させられた。ほとんど垂直に近い屏風立ちの大岩壁を、虫のように横這いするのだ。足代ろ、手掛りといっては、岩壁のわずかのズレか、小皺か、或いは疣のたぐいに過ぎない。誰れでも足の親指一本が頼りだ。