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あるはいまつのどくはく

ある偃松の独白

中村 清太郎

線上閱讀中村 清太郎《ある偃松の独白(あるはいまつのどくはく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 132,905 字 · 262 頁

青空文庫

それだけに、気象は弾力の強いものだ。晴れた日など、影が濃い半面、光りは際わやかに鋭い。一とたび光りに触れるや、今まで薄い藍色のヴェールをかぶっていた流水は、一挙に引火して白熱し、一時まったく光の動乱と化してしまう。しかも夏の谷間は、得て曇りやすい。一朶の雲が、天窓のような谷の上空に浮べば、狭い谷底はたちまち、日の目を見られぬことになる。谷間の空気は、光りから陰、冷から熱と激しく脉動する。

ことに南風が、多量の電気を荷なった乱雲を駆って、谷を閉塞する時なぞは、からだがベトベトにふくれあがるかと思われ、頭のしんがズキズキ痛んで、息苦しくなる。しかしそのあとは、きっと北風が逆に、谷のしも手から吹き上げて来て、いっさいの混迷したものを一掃し去り、谷間は突き抜けたように、清爽の涼気に洗われる。人は着物を一枚重ねて、秋の近寄ったことを感ずる。

時ならぬに、谷水が急に濁って、押し出してくることがある。水声のうちに、耳のせいか、遠雷らしいとどろきもまじって断続する。上流は雨かナ――と思う。薄気味わるい一道の冷気が、水と共に吹いて過ぎる。だがそれだけで、何事もなく終る時もある。