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あるはいまつのどくはく
ある偃松の独白
中村 清太郎
線上閱讀中村 清太郎《ある偃松の独白(あるはいまつのどくはく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 132,905 字 · 262 頁
といって、引っ張り凧になっていた。私の処へもよくやってきて、品物と一緒に、ひどい土地なまりで、いろいろの話を置いて行った。浴客は大てい、心が里の方へ向いているらしい。宿の隠居の、あくどい冗談口を、たしなめたりするお婆さんまで、私に向って「あんたも、たまには舟見へなと、行って来ましょ……」と、笑いながら謎めいたことをいう。そういえば、舟見には遊女屋があるのだった。貧しげな家並の浅黄のれんの蔭から、じゅばん一枚の女がチラつく、ひなびた一廓が町はずれにあった。鉱山の上役なども、時々そこらへ出かけて行くらしい様子だった。とかく山奥の方へばかり、ひかれているような私の気持ちは、一緒に歩いた助七たちにも、ひどく解しかねたものらしい。
八月中旬からしばらくは、ほがらかな日が続いた。谷間の空気は、だんだんと乾燥して、透徹してくる。空と山の境界が、おのずとカッキリ見え出す。針葉樹はいよいよ尖って、紫がかった影が彫りつけられ、落葉樹の葉は、いつとはなしに、淡すり黄味を潮しはじめる。とんぼうが群をなして、谷の中空を飛び廻り、のした翅から鋭い光を顫動させる。虫の声はますますしげく、ますます高く、馬追いやコオロギなど、不意に部屋の中の耳元で歌い出す。