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もめんいぜんのこと
木綿以前の事
柳田 国男
線上閱讀柳田 国男《木綿以前の事(もめんいぜんのこと)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 177,586 字 · 348 頁
或いは近江であったかと幽かに記憶するのだが、それが誤りとしても、有りさえすれば次の問題は生まれる。この寺は谷あいのやや高みに、杉の森などがあって屋の端が見え、それから下りてくる小路と三辻になったあたりを、在所の者とは見えぬ女性が四五人で通っている。もしくは茶を売る道傍の小家に、腰を掛けて休んでいたのでもよい。そういう旅の女をも、あの頃は一目見て遊女と呼び得たのか。ただしはまた今日我々が昔の遊女として考えている女性が、翁の時代にはなお「田舎わたらひ」という生活をしていたのか。いずれにしてもこれが現実の経験であったかぎり、珍しい我々の問題になるのである。
曾良は師翁に随伴して加賀国にくる数日前、越後の市振という海端の駅にとまって、測らずも二人の新潟の遊女と同宿した。そうして彼らの境涯を憐みつつも、なおこの一夜の邂逅に興を催した翁の句、
一つ家に遊女も寝たり萩と月
というのを感吟して、いそいでわが手帳にも書き留めたということである。遊女が時あって旅をするものだということだけならば、彼にとっては最近の実験であった。それを覚えていたばかりでも、こういう附句が胸に浮かぶもののように、考える人が有るかも知れない。