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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

線上閱讀山本 周五郎《樅ノ木は残った(もみノきはのこった)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 頁

青空文庫

甲斐は主水を見た。主水は大きく眼をみはったまま、黙って話しのあとを待った。

「某侯とは誰びとです」

「名は云えない」

「いや聞かせて下さい」と十左衛門は遮って云った、「ここまで話してそれだけを隠す必要はないでしょう、誰ですか」

「名は云えないが、そのころは将軍家お側衆で、当代十善人のひとりと評された人だ」

十左衛門は俯向いたが、すぐに「久世大和守、――」と口の中で呟き、顔をあげて、問い詰めるように訊いた、「久世侯ですか」

「名は云えない」と甲斐は繰り返した、「その人は松山を呼んで、酒井侯と一ノ関との密約を告げたうえ、残った三十万石のうち十万石を誰、五万石を誰と、伊達家の一門一家に属する数人の名をあげ、これらに分与される約束ができているようだから、その人たちにも警戒を怠らぬがよい、と忠告されたそうだ」

「某侯が松山に伝えた忠告は、好意から出たものかもしれない」と甲斐は続けた、「しかし、その情報がどこから出たかということを考えてくれ、某侯は現に幕府の閣老であるし、その忠告は、伊達家一門一家のあいだに疑惑をいだかせ、互いに離反させるような意味をもっている、これは、仮に某侯は好意でしたことだとしても、その情報が巧みに仕組まれたものだ、ということは推察がつくだろう」