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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
線上閱讀山本 周五郎《樅ノ木は残った(もみノきはのこった)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 頁
「隼人、――」甲斐は読み始めるとまもなく、振向いて片倉隼人に云った、「船岡から鮎が届いているそうだ」
「届いております」
「舎人には久方ぶりであろう、膳の支度をしてここへはこばせてくれ」
隼人は承知して立ちあがった。
「楽にしろ」と甲斐は舎人に云った。
そして書状を読み続けた。
舎人はひそかに甲斐のようすを見た。鬢のあたりの白髪が少しめだってきたようである。額の皺も深くなったようだし、頬のあたりには、やや肉のたるみさえ感じられるようであった。穏やかで温かい中に、発条のような強靱さをひそめていた相貌が、いまは屈託し疲れた老人、といったふうにしかみえなかった。
――お年はまだ五十前の筈だ。
舎人はそう思って暗然と眼をそむけた。
伊達安芸の手紙は「地境論」の経過を述べたものであった。安芸の領地の遠田郡涌谷は、伊達式部の領地である登米郡寺池と接していて、寛文三年このかた、三カ所に地境の争いが起こっていた。そのうちの二カ所、登米郡赤生津と遠田郡小里村の件は、安芸の譲歩によって落着したが、式部はそれで味を占めたように、桃生郡の深谷でまた問題を起こした。そこにはもとから式部領の飛地があり、安芸の領地と接していたが、式部はその領境を侵して、十町歩あまりを若生半右衛門という藩士に与えた。