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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
線上閱讀山本 周五郎《樅ノ木は残った(もみノきはのこった)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 頁
「こんど木挽町の森田座で」とおくみは俯向きながら答えた、「芝居狂言の語り物に出たところ、たいそう評判がいいので、上方の興行に買われてゆくのだそうです」
「その別れに来たわけか」
「ひとめおいとま乞いがしたいと申しております」
よかろう、と甲斐が云いかけたとき、襖の向うで成瀬久馬の声がした。はいれ、と甲斐が答えると、久馬が襖をあけて云った。
「ただいま村山が戻りました」
「よし、すぐにここへ」と甲斐が云った。
久馬が去ると、甲斐はおくみに云った、「新八とみやにはあちらで酒を出してやれ、ここは呼ぶまで人払いだ」
「はい」と答えておくみも出ていった。
旅装のままはいって来た村山喜兵衛は、あまりに憔悴して、相貌が見違えるほど変っていた。甲斐はそのようすを見て、不吉な予感におそわれたが、労をねぎらう声には些かの動揺もなかった。
「御苦労、きつかったらしいな」と甲斐はむしろ冷やかに訊いた、「涌谷は会ってくれたか」
「おめにかかりました」
「どこで会った」
「下総の中田宿でございました」喜兵衛は旅嚢の中から文箱を取り出して、甲斐の前へ差出した。その手はふるえていた、「まず御書面をごらん下さい」