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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
線上閱讀山本 周五郎《樅ノ木は残った(もみノきはのこった)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 頁
「それは写しだということです」と甲斐がものやわらかに云った、「実の証文はべつにあるとのことですが、その文面に御記憶はございませんでしょうか」
大和守は書状を下へ置き、懐紙を出して唾を吐いた。そして、その紙を小姓のほうへ投げると、屹とした眼で甲斐を見た。
「おれに覚えがあるとはどういうことだ」
「これは世間ばなしでございますが」と甲斐が云った、「ただいまから数えて十年ほどまえの夏、小石川でさる大名の堀普請がございました。そのとき普請奉行を勤めていました者が、公儀お側衆であられた某侯からひそかに召され、いま御覧にいれました証文と同じ意味のことを告げられたうえ、――一家一門にもこころゆるせぬ者がいる、よくよく用心をせよと注意されたと申すことです」
大和守がなにか云おうとしたが、甲斐はごく穏やかに、そのまま言葉を続けた。
「もちろん、将軍家御側衆であられた某侯は、ただ御好意から忠告されたことでしょう、その普請奉行はじめ、主家のお為をおもう家臣どもは深く感銘し、御注意に添って家中の安定につとめました、けれども、その証文の主である一人は、おのれの職権を悪用して、人を煽動し、無法に事を起こし、ついには公儀の御裁決を受けなければならぬ、という状態にまでたち到りました」