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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
線上閱讀山本 周五郎《樅ノ木は残った(もみノきはのこった)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 頁
「七十郎、――」
「わかった、もう寝よう」と七十郎が云った、「別れは云わないぞ」
そして彼は眼をつむった。
明くる朝、午前四時まえに、七十郎は鷺坂靱負と宿を立った。十左衛門は宿の表てまで見送ったが、七十郎は別れの言葉も交わさず、振返って見もせずに、馬を駆って去った。十左は眼を拭き拭き、馬乗り提灯の見えなくなるまで、軒先に立っていた。
仙台城下を避けるために、二人は増田から名取川の河口へと馬を向け、閖上で川を渡ると、浜道を北上して松島へ出、さらに、馬を替えながら道をいそいで、その日の夜半すぎに、小野の館へ着いた。
館はむろん寝しずまっていたし、采女も寝所へはいっていたが、鷺坂が起こしにゆき、すぐに着替えをして、七十郎の待っている書院へ出て来た。采女は十九歳にしては小柄なほうで、骨組も細く、ぜんたいがきゃしゃづくりだし、性質も躯に似て、ごく温順なほうであった。
七十郎は鷺坂靱負と奥山出雲を呼んだ。奥山は靱負と共に伊東家の家老で、靱負よりも若く、四十そこそこの壮年でもあり、家政のきりもりも達者だった。――七十郎は「出頭することにきまった」ということを、鷺坂と奥山とに聞かせるため、簡単に述べ、明後日、仙台へ出るから、用意をしておくように、と云った。