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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
線上閱讀山本 周五郎《樅ノ木は残った(もみノきはのこった)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 167,285 字 · 330 頁
たしかに、甲斐はなにか語りたそうであった、旅の宿であることと、老人のうちあけ話しにさそわれて、これまで他人には話したことのないもの、心の奥に秘めて来たものを語りたいようすだった。しかし、船岡の館主と聞いたとたんに、その衝動は冷え、心はうしろへさがった。
「私を知っているのか」と甲斐が訊いた。
「御領内で暫くお世話になり、途上でお声を聞いたことがございます」と一玄は答えた。
「途上で声を聞いただけで、これまで覚えているというのは、盲人の得だな」
「それはお人にもよります」と一玄は微笑した、「たいていの人の声は、朝聞いて夕方には忘れてしまいますが、なかには五年七年経ってからでも、その声を聞けば思いだせる人がございます」
「船岡へはいつごろ来た」
「さようでございます、もはや十年ちかくになりましょうか」
「こんどまいったら館へ寄るがいい、御苦労であった」
そう云って、甲斐は又之助を呼んだ。
一玄はなごり惜しそうで、もう少し話していたいというふうに、もじもじとなにか云いかけたが、又之助がはいって来、甲斐が、また会おう、と云ったので、さも落胆したように、少年に手を引かれて去っていった。