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たまものまえ
玉藻の前
岡本 綺堂
線上閱讀岡本 綺堂《玉藻の前(たまものまえ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 130,703 字 · 261 頁
「なにが親切か」と、千枝松は冷笑った。「あの疫病婆め。ひとの難儀に付け込んでいろいろの悪巧みをしおるのじゃ。世間でいうに嘘はない。ほんに疫病よりも怖ろしい婆じゃ。あんな奴の言うこと、善いにつけ、悪いにつけ、なんでも一切取り合うてはならぬぞ」
兄が妹をさとすようにませた口吻で言い聞かせると、藻はおとなしく聴いていた。千枝松はまだ胸が晴れないらしく、自分が知っている限りの軽蔑や呪詛のことばを並べ立てて、自分たちの家へ帰り着くまで、憎い、憎い、陶器師の疫病婆を罵りつづけていた。
秋の宵はまだ戌の刻(午後八時)をすぎて間もないのに、山科の村は明かるい月の下に眠っていた。どこの家からも灯のかげは洩れていなかった。大きい柿の木の下に藻は立ちどまった。
「あすの晩も誘いに来るぞよ」と、千枝松はやさしく言った。
「きっと誘いに来てくだされ」
「おお、受け合うた」
ふた足ばかり行きかけて、千枝松はまた立ち戻って来た。
「途みちも言うた通りじゃ。疫病婆めが何を言おうとも、必ず取り合うてはならぬぞよ。よいか、よいか」
小声に力をこめて彼は幾たびも念を押すと、藻は無言でうなずいて、柿の木の下から狭い庭口へ消えるように姿をかくした。