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たまものまえ

玉藻の前

岡本 綺堂

線上閱讀岡本 綺堂《玉藻の前(たまものまえ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 130,703 字 · 261 頁

青空文庫

給仕に侍っている関白家の家来も、女も、あまりの怖ろしさに席を動くことが出来なかった。なにがしの大将、なにがしの少将も、この物凄い敵の前には言い甲斐もなく怖れ伏してしまった。実雅も勿論その一人であった。

「おびただしい嵐じゃのう」

忠通は表の闇を透かし視てつぶやいた。彼は玉藻を連れて丁度今ここへ出て来たのであった。清治も袖で烏帽子をおさえながら不安らしく言った。

「まことに怖ろしい嵐でござりまする。どこもかしこも真の闇になり申した」

「暗うてはどうもならぬ。早う燈火を持て」

「はあ」

清治はうけたまわって引っ返そうとすると、またひとしきり強い嵐が足をすくうように吹き寄せて来て、彼は野分になぎ伏せられたすすきのように両膝を折って倒れた。忠通も危うく倒れかかって、扇で顔を掩いながら苛だった。

「燈火を……燈火を……。早うせい」

この途端に座敷は月夜のように明るくなった。時ならぬ稲妻かと見ると、その光りはいつまでも消えなかった。忠通が倚りかかっている襖の絵も、そこらに取り散らしてある杯盤の数かずも、おどろいて眺めている人びとの衣の色も、皆あざやかに映し出された。

闇を照らすこの不思議のひかりは、玉藻のからだからほとばしったのであった。