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ひのとびら

火の扉

岸田 国士

Read 火の扉 (ひのとびら) by 岸田 国士 (きしだくにお) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 129,467 characters · 257 screens

Aozora Bunko

十一

それはそうに違いないが、おれの任務は、軍人としての任務は、こゝでまつたく終つたのだ。ということはなんとしても事実だ。そのことは、また、同時に、おれという人間の存在が、これから、まつたく無にひとしいということなのだ」

一徳は、妻の手がふるえているのに気がつく。で、それをいたわるように軽く握りしめ、

「まあ、待て。そこをよくわかつてもらいたいのだ。いゝか、おれはだよ、戦さに負けたから、軍人として申しわけないとか、世間に合わす顔がないとか、そんなことのために、くよ/\はせん。まして、よくあるように、戦争を職業意識から待ち望んだ軍人の一人では絶対にない。それは良心にかけて誓う。あ、そのことなら、お前だつてわかつてるはずだなあ。だから、おれは、国民を戦争に引きずり込んだ責任は負うわけにいかん。ところがだ、おれは今さら軍服を脱いだところで、何を生きがいに生きるという当てが、かいもくない。おれは、早くいえば、それほど、軍人以外のなにものでもなくなつていたのだ……」

十一

「軍人以外のなにものでもなくなつていた」という夫の言葉は、最初、康子には一種の自ちようのように聞こえたけれども、それはやがてそうでないことがわかつた。