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しほんたいへいき
私本太平記(一)
吉川 英治
Read 私本太平記(一) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 246,214 characters · 495 screens
俊基は、妻のすべてを体で感じとっている。しかし依然、庭面の助光を見て。
「こよいは、そちや菊王も交じえて、心ゆくまで、別杯を酌もうよ。小右京に琴をひかせ、わしは琵琶を弾じよう。その支度、清々としておけや。夜明けなば、東立ち、爽やかにここを立ち出でたい」
「ごもっともにござりまする。では、何かと」
両手で面を掩いながら、助光は悄々、下屋へ立ち去った。
「いま申した身の心もち、妻のそなたも分ってくれぬはずはあるまい。およそ、朝政を一新し、百年の毒賊北条の府を覆し、世を昭々たる古の御代に回そうためには、これしきな憂き目ぐらい、何ほどの驚きでもない。新しい智識は、海の彼方よりわが朝の古い公卿たちへも、若い血しおを注ぎ入れた。大義親を滅せよ、と宋儒の学はいっている。俊基は身を以て、その先駆に立つのだ。そなたは、わが身を不運とおもうか」
「い、いえ。……ただ女子の身、女子のわりなさ」
「女とて、いまの世に生れたのが、そもそも宿業。俊基のおらぬあと、悲しゅうなったら宋学の書を読め。わしの姿は、その中にある」
「ええもう。忌わしい御意。これきりお会いできぬような」
「再び会えるか、これきりか、そこは天命。