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しほんたいへいき

私本太平記(一)

吉川 英治

Read 私本太平記(一) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 246,214 characters · 495 screens

Aozora Bunko

上り地蔵

ただ気がかりな彼女を求めて、あなたこなたと、駈けさまよった。

上り地蔵

柳営四門は、非常の甲冑兵で、ごッた返しの状だった。

「やあ、執権御所には、ご異状はない。お引返し下さい。近くの火災も、あの通り下火でおざれば」

警備の将は、声をからした。が、後から後から、参入の御家人はひきもきらない。

当時の武士習性では、

火災即乱、乱即火災

「すわ」といった心理がすぐ手伝う。

まして、執権御所の近火とあっては、六浦、腰越の遠くからさえ、この夜、駒にムチを当てた武士が少なくなかったことであろう。

その上にもである。この混雑に加えて、底波のような噂が揺れつたわった。

ついさっき、華雲殿から典医寮の方へ、色を失ッて駈け出して行った数名の口から洩れたことかもしれぬ。誰いうとなく、

「太守の御重態らしい」

「執権どのが、御危篤とは、ほんとか」

などと、不安めいた騒めき立ちが、赤い夜空の薄れより早かった。

「さては、何かあったのか」

火を見て、兄の迎えに来ていた直義は、二重の不安に、いよいよ兄高氏の身が、心もとなく思われた。

「兄は、どこに」

もう両御門の広前も探し尽していたのである。