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しほんたいへいき

私本太平記(一)

吉川 英治

Read 私本太平記(一) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 246,214 characters · 495 screens

Aozora Bunko

波まぎれ

――とにかく、控えの仮屋まで退がって来て、右馬介を呼び、

「袖も袴も、この通りぞ。いそいで着がえを」

と、いいつけた。

右馬介は、主のうけた恥辱にふるえ、その顔色を蒼白にしていた。ところへ赤橋守時も見えた。そして、君公のごきげんは上々の首尾であり、御賞辞とお杯を賜わろうゆえ、すぐ御前へ罷るようにとつたえ、また、高氏の背をなでては、

「よくなされたの。……御分別、御分別」

と、宥りぬいた。

すると、高氏の眼じりから、ぽろと、一すじ白く流れるものがあった。

波まぎれ

その後、新田義貞は、いちど国もとへ帰ったらしい。だがまもなく、彼の身へは、

六波羅所属、禁裡大番役

たるべし、という公命が下っていた。

同じ頃、高氏の方へも、

鎌倉御所大番

の任命があった。――要するにそれもこれも、問注所裁きの結果にちがいなかった。とかく発火しやすい因縁と接触をもつ、新田足利両者の国情も、この一処置によって、しばらくは冷却期間となすを得ようか、という政所令と思われる。

とにかく、政所主脳は、ここ常にあたまが痛い。

北方、津軽一帯の乱も、まだ、かたづいていなかった。

宇都宮や結城の軍が、去年から、しずめに赴いているが、遠いみちのく辺りでは、幕府の権威も、とんと、土軍を慴伏するには足らぬらしい。