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しほんたいへいき
私本太平記(一)
吉川 英治
Read 私本太平記(一) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 246,214 characters · 495 screens
裁許橋
裁許橋
さきに鎌倉へついた新田義貞は、かたのごとく侍所ノ別当へ着到を告げ、同日問注所のある裁許橋の内へ入った。
裁許橋とは、市人たちの俗称である。
無数の谷や低い山群にかこまれている鎌倉の府は、自然、渓水のせせらぎや、静かな川音が、街中のどこにもしていた。琵琶小路から西の山寄りに見えるそれも、鎌倉十橋の一つで、そこを渡った所が、すなわち問注所の一郭だった。
問注所は、幕政下の“政所”“侍所”とならんでの鎌倉三大官衙の一庁である。――原告と被告との双方へ物問いしてそれを注記する――というのが「問注」の名のおこりらしい。
幕府の初期には、これも柳営内にあったのである。ところが、建久の年、熊谷直実と久下直光とが、領地ざかいの争いで、対決したさい、裁判の不当に怒ッた直実が吠え猛って、吟味の東ノ廂を震駭させた。
後々の語り草にもなったように、熊谷はその場でもとどりを切って逐電し、法然上人の許で、名も蓮生坊とかえ、生涯、弓矢を捨ててしまったのだ。――これは当時、平家に代って誇っていた勝者の府に、皮肉な衝動を与え、武士たちにも、武門の何かを、考えさせた事件だった。