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しほんたいへいき
私本太平記(一)
吉川 英治
Read 私本太平記(一) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 246,214 characters · 495 screens
一夜あけると、大蔵の邸は、花嫁の輿の道すじから、門前門外、すべて敷砂され、新郎新婦の起居する一殿の欄下を流れる小川の朽葉まで、底の透くほど、きれいに清掃されていた。
かぞえきれぬ程な間ごと間ごとの花瓶や籠には、菊が匂った。老女らと共に、それぞれの室にも挿花の意匠をほどこしおえた草心尼は、やがて、
「盲の子連れなどがおりましては、かえって、こよいのお邪げ、私どもは、蔭にて、祝ぎ申しあげておりまする」
と、覚一を伴って、扇ヶ谷の方へ移って行った。
その晩の扇ヶ谷家は、憲房以下、あらかた宗家の婚礼に行っていて、広い邸内も、無人にひとしいひそけさだった。
母一人子一人のふたりぼッち。草心尼にも覚一にも、こんな晩は、むしろ愉しい。
「覚一、淋しゅうないか」
「ちっとも」
「どうしたのじゃ。きのうの昼、御兄弟がたと、大蔵の丘を降りてから、いつにもなく、無口のような」
「そうですか、じぶんでは、気もつきませんが」
「はしゃぐ時は、よう、はしゃぐ癖にして。……やはり父なし子のせいよと、人様にいわれなどしたら、母は侘しぞえ。そなたを、ひがみッ子には、育てとうない」
「お母あさま」