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しほんたいへいき

私本太平記(一)

吉川 英治

Read 私本太平記(一) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 246,214 characters · 495 screens

Aozora Bunko

ほかにも旅人が数名見える。市女笠の女は、茶屋のむしろを借りうけて、

「さ。内よりは、外がよろしゅうございましょう。上も紅葉、下も草紅葉。錦のなかで」

と、渓川崖の際へ、それを展べて、母子を誘い、自分もともに、糧の包みを解きはじめた。

こっちから、見ると。

彼方の従者三名も、午飯にまぎれて、いまは他念もない様子。

「……もし」

急に、女は声をひそめた。

「え?」

草心尼は、女のひとみの鋭さに、はっと、手の箸も、持ちわすれた。

「……もしや、おふたり様は、鎌倉の足利殿に、お由縁のあるお方ではございませぬか」

「そうです。……どうしてそれが、お分りになりました?」

「彼方にいるお供の武士は、たしかに足利殿のお内で見た覚えのある顔でございます。ほかの二人もまたどこやらで」

「では、大蔵のおやしきを、御存知なのでございますね」

「ただ一度、お伺いしただけですが」

「まあ、思いがけぬ御縁ですこと。さいぜん、矢矧の長者の娘と仰っしゃっておいででしたが、まことは、どなた様でございましょうなあ」

「それよりも、私は」

彼女の眼くばりは、時折、彼方の軒へ、忙しげにうごいて。

「たいへんな事を、お耳に入れねばなりません。