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なるとひちょう
鳴門秘帖(一)
吉川 英治
Read 鳴門秘帖(一) (なるとひちょう) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 262,100 characters · 523 screens
もしかして、こときれては玉なしだぞ、と啓之助、そっと猿轡へ手をやってみたが、大丈夫、温い涙が指先へ触れた。
「宅助、そちのいった抜け道とはどこか」
「向うに見える森を抜けると、お屋敷堺の高塀があります。そのどん詰りの藪畳で」
「家中の者の眼に触れるようなことはあるまいな」
「さっきも申し上げた通り、仲間部屋の者が夜遊びに出るだけで、めったにお見廻りが来る所じゃありません」
「そうか」
「ところで女は、どこへ押し込んでおくおつもりですかい」
「お船蔵の綱部屋はどうじゃ。あの部屋の鍵は拙者が預り役だによって、余人に開けられるおそれもない」
「なるほど、そいつあいい所へお気がつきました。綱部屋へほうり込んでおけば、いざお関船が出るっていう場合にも、ほかの荷物に紛らわして、卍丸の船底へ積んでしまうのは、何の造作もございません」
「なにしろ、ここ三、四日がかんじんだ。無事に阿波へ着いた上は、幾らでも褒美をつかわすから、ずいぶん骨を折ってくれ」
「ようがすとも!」宅助は再びお米を肩にかけてドンドン走り出した。如法闇夜の梟の森は、たちまち、その跫音と三人の影を吸ってしまった。
と――安治川の中ほどには、弦之丞の軽舸が、ギッギッとこっちへ向っている。