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さんごくし

三国志(三)

吉川 英治

Read 三国志(三) (さんごくし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 312,452 characters · 628 screens

Aozora Bunko

「や、や? ……。さては、敵は地を変えているぞ」

すでに遅し! 木も草もみな敵兵と化し鯨声は地をゆるがして、むらむらと十方をおおいつつんで叫んだ。

「張飛を生け捕れ」

「玄徳をのがすなッ」――と。

かくて、仕掛けた奇襲は、反対に受け身の不意討ちと化した。隊伍は紛裂し、士気はととのわず、思い思いの敵と駈けあわすうち、敵の東のほうからは張遼の一陣、西のほうからは許、南からは于禁、北からは李典。また東南よりは徐晃の騎馬隊、西南よりは楽進の弩弓隊、東北よりは夏侯惇の舞刀隊、西北よりは夏侯淵の飛槍隊など、八面鉄桶の象をなしてその勢無慮十数万――その何十分の一にも足らない張飛、玄徳の小勢をまったく包囲して、

「一匹も余すな」と、ばかり押しつめてきた。

さしもの張飛も鐙に無念を踏んで、

「南無三」

右に突き、左をはらい、一生の勇をここにふるったがとうてい無理な戦いだった。

味方は討たれ、或いは敵へ降参をさけんで、武器を捨て、彼自身も数箇所の手傷に、満身朱にまみれてしまった。

徐晃に追われ、楽進に斬ってかかられ、炎のような息をついてようやく一方に血路をひらき、つづく味方をかえりみると、何たる情けなさ、わずかに二十騎ほどもいなかった。