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はたもとたいくつおとこ

旗本退屈男

佐々木 味津三

Read 旗本退屈男 (はたもとたいくつおとこ) by 佐々木 味津三 (ささきみつぞう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 240,656 characters · 478 screens

Aozora Bunko

「では、惚れるか」

「またそんな御笑談ばっかり。お門違いでござります」

「ぬかしたな。こいつめ、つねるぞ。菊! 菊! 菊路はおらぬか。京弥め、憎い奴じゃ、兄に惚れいと言うたら御門違いじゃと申したぞ。罰じゃ。手伝うて早う着物を着せい」

眼中、人なきごとき振舞いなのです。

腹立たしげに豊後守が睨みつけていたが、どうしようもない。無役ながら千二百石、かりそめにも直参旗本の列につながる者が、登城、上様御前へ罷り出ようというに当って、月代を浄めるのは当り前のこと、せき立てたくとも文句の言いようがないとみえて、立ったり坐ったり、じれじれとしながら待ちうけているのを、主水之介がまた悠然と構えているのです。

「馬子にも衣裳という奴じゃ。あの妓、この妓があれば見せたいのう。駕籠じゃ。支度せい」

「お供は、京弥が――」

「いいや。いらぬ。その代りちと変った供をつれて参ろう。土蔵へ行けばある筈じゃ。馬の胸前持って参って、駕籠につけい」

「胸前?」

「馬の前飾りじゃ。菊、存じておろう。鎧櫃と一緒に置いてある筈じゃ。大切な品ゆえ粗相あってはならぬぞ」

意外な命を与えました。

胸前とは戦場往来、軍馬の胸に飾る前飾りです。