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はたもとたいくつおとこ
旗本退屈男
佐々木 味津三
Read 旗本退屈男 (はたもとたいくつおとこ) by 佐々木 味津三 (ささきみつぞう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 240,656 characters · 478 screens
すべては御癇癖が鎮まってからのこと。その御気色の軟らぐのを待つために、ことさら押し黙って、ことさらにおもてもあげずしんしんと平伏をつづけました。
策は当った。
次第に御癇の虫が軟らいだとみえて、先ずお座へ就かれました。
「茶! 茶! お茶はいずれじゃ」
「御前にござります……」
お召しあがりになった気はいでした。
咽喉の乾きが止まれば、御癇の虫も止まる。
案の定、声にはまだ嶮しい名残りがあったが、どうやら御心も鎮ったらしい御諚が下りました。
「申開きあらば聞いてえさせる。顔あげい!」
「はッ……」
もう頃合いです。
静かにおもてをあげると、朗々とめでたくもなだらかな声が流れ出しました。
「いつにないお爽やかな御気色、主水之介何よりの歓びにござります」
「なに! 爽かな御気色とは何じゃ! 予の怒った顔がそちには爽やかに見ゆるか!」
「またなきお爽やかさ、天下兵馬の権を御司り遊ばす君が、取るにも足らぬ佞人ばらの讒言おきき遊ばして、御心おみだしなさるようではと、恐れながら主水之介、道々心を痛めて罷り越しましてござりまするが、いつにも変らぬそのお爽やかさ、さすがは権現様お血筋、二なき御明君と主水之介よろこばしき儀にござります」