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あらじょたい
日本の文学 9 徳田秋声(一)
徳田 秋声
Read 日本の文学 9 徳田秋声(一) (あらじょたい) by 徳田 秋声 (とくだしゅうせい) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 346,393 characters · 692 screens
七十五
得がたい材料であった。
二人寄席に行っているとき、向う側の二階に友達と一緒に来ている磯谷の顔を、お銀はじきに見つけた。そして前に坐っている人の陰に体をすくめながら、時々肩越しにそっちを見ていた。
「あれ磯谷の友達だった人ですよ。」
お銀はそう言って笹村に教えたが、その傍に磯谷のいたことは、笹村も帰ってからはじめて聞かされた。
「莫迦にしているな。向うは己を気づいたろう。己こそいい面の皮だ。」
笹村はなぜその周囲の顔を、一々記憶に留めなかったかをくやしがった。
「気がつくもんですか。私のいることすら知らなかったでしょう。それに私も、あの時分から見るとずッと変っていますもの。口でも利けば知らず途中でちょッと逢ったくらいじゃ、とても解りっこはありませんよ。」
「だけど、お前の目が始終先方を捜していると同じに、先方の目だってお前を見遁すもんか。」
「そんなことは真実にありませんよ。」
七十五
けれど笹村の口にする磯谷という名前が、妻に対する軽侮と冷笑よりほか、何の意味をも響きをも与えない時の来たのは、そんなに長い将来のことでもなかった。お銀がそれを言い出されても、何の痛みをも感じないと同じに、笹村の方でも男が真の意味において自分のマッチでないことや、女が自分に値しないことのだんだんはっきりして来るのが、心淋しかった。