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ひのとびら
火の扉
岸田 国士
Read 火の扉 (ひのとびら) by 岸田 国士 (きしだくにお) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 129,467 characters · 257 screens
彼女は「そんなことは知らぬ」と応えたい衝動をどうすることもできない。しかし、彼女は、ひとりになつて、どれだけの道を歩いたか、と、ふり返つて考える。自分を置き去りにしていつた夫、ついて行けない道をぐん/\進んでいつた夫、その夫に背を向けて、自分はどこへ行こうとしているのか? 道はすこしもはかどつていないのである。
モトムが学校から帰つて来た。
「お母さん、お手紙」
二通の封書は、それ/″\、北原ミユキと、市ノ瀬牧人とからであつた。
北原ミユキの方から封を切る。
――ごぶさた申しあげました。あれから、きようこそはきようこそはと思いながら、つい、なにか不安な気持が残つていて、どうしてもペンをとる勇気が出ませんでした。いよ/\市ノ瀬の家へ参ることになりましたので、そのことをまず御報告申しあげます。別に改まつた式も挙げません。この月の十日に、H村へ落ちつき、平凡な主婦の修業にはいります。市ノ瀬の母は、わたくしの実母とちがい、まことに感情のこまやかな、いじらしいところのあるひとで、これはもうけものだと思つております。親孝行というものを、はじめてしてみたいなんて考えました。