Japanese reading practice

Read classic Japanese books with furigana

ja-reading.com

Read classic Japanese books online with furigana. Filter by JLPT level, tap a word for the meaning, and translate a sentence.

ひのとびら

火の扉

岸田 国士

Read 火の扉 (ひのとびら) by 岸田 国士 (きしだくにお) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 129,467 characters · 257 screens

Aozora Bunko

手荷物というほどのものはなにも持たず、小さなスーツをひざの上にのせ、やがて、そのなかから、ミカンをひとつ取り出して皮をむき、ひとふくろ、ひとふくろ、ゆつくりくちびるのあいだへはさんでしるを吸う、その落ちつきはらつた、わるびれない態度も、この女の特長であつた。

ミカンをたべおわると、こんどは、ハンドバッグをひらいて、コンパクトの鏡をちよつとのぞき、すぐにそれをしまつて、またマフラをかぶり、頭を軽く窓わくにもたせかけた。が、すぐに眼をつむるわけでもなく、むしろ、その切れの長いまぶたをいつぱいに引きあけ、遠くのものを見つめるようにひとみをこらした。

とき/″\まゆをよせる。しかし、それは水面の波紋のようにすぐに消える。が、そのたびに、深く澄んだひとみがかげをましていく。そして、またゝきがいくらか小きざみになる。そのうち、なんということか、急に眼がしらに涙がたまる。その滴が、両方の頬を伝つて、ぽたり、ぽたりとひざの上に落ちる。それでも、女は、どうもしない。自分を泣くまゝに泣かせておくふうである。

読者は、これが井出康子だということをもう察したであろう。