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かせいのまじゅつし
火星の魔術師
蘭 郁二郎
Read 火星の魔術師 (かせいのまじゅつし) by 蘭 郁二郎 (らんいくじろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 151,120 characters · 302 screens
五
(もし葉子の、組んだ脚が解けたら)
(もし葉子が、手を離したら)
そんな事を考えた観衆の胸には、次の瞬間への、死のような緊張が、寒む寒むと、沁渡った。
それはあながち、危惧ではない。
葉子は、この美しき野獣は、血に何か知らぬ魅力を、感じているのだ。
(発作的に、手を離しはしないか)
黒吉ですら、時々そうした、蒼白い予感に、体中の血が先きを争って、内部へ遁込んで行くような恐ろしい気持を感じた。
こう思うと、しっかり葉子の手に握られた足首に、ねとねととして脂汗がわき、ずるずると滑って、いまにも虚空へおっこちそうだ。
(葉ちゃんの為なら、死んでもいいや)
又一方、そうした気持が、恐怖感を蹴飛そうと、胸の中で争っていた。
だが、大丈夫――。葉子は、しっかりと歯を喰いしばり、可愛いい顔に、朱を注いで、黒吉の足を握んでいる。
(舞台で失敗する位なら、その儘死んだ方がましだ)
この先天的な曲芸人気質が、緊張した葉子の小さい胸を占領して、幸い、他の感情を与える余地がなかったから――。
五
こうした不安な、ジメジメと威圧されるような雰囲気は、結局、この命がけの離れ技の醸す一つの副産物だった。