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かせいのまじゅつし
火星の魔術師
蘭 郁二郎
Read 火星の魔術師 (かせいのまじゅつし) by 蘭 郁二郎 (らんいくじろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 151,120 characters · 302 screens
、方々へ衝突しながら、駈廻った。
この鋼線のように、張切った気持、生と死との僅かな隙間を、息を殺して飛抜ける自分に、葉子の愛撫にも劣らぬ、激しい眼の眩む陶酔を覚えた。
自分一人で、葉子の方のブランコへ飛移る時、左程でもないが、帰りの場合、葉子に足を掴まれて、逆様に吊された儘、大きく振られると、記憶とか思考とか、そういった精神的能力は、悉く振り棄てられて仕舞うのだ。
そして彼は、まるで空っぽな頭と、投出された瞬間の、体全体の引千切るような、虚無感の中でひくひくとはねる神経に、黒吉の、あの先天的なひねくれた気質が、調和し、心臓を掴み出されるような、底知れぬ魅力に、酔い痴れていた。
しかし、近頃は何故か、この曲芸を済ますと、黒吉は又、昔のように、ぽつんと楽屋の隅で、独り考え込んでいた。
(可怪しいなア)
黒吉は、呟いた。彼はこの頃、あの曲芸の最中、葉子の手を離れて向うのブランコへ飛移る瞬間に、ふと葉子の笑い顔なんかが、眼の前に浮ぶのだった。
勿論、葉子の方へ飛移る時なら、彼女の顔が見えても、別に不思議はないが、全然、彼女と後ろ向きになって、命がけで飛んでいる時に、極めてぼんやりとはしていたが、確かに葉子の顔が、幻のように、小屋の空に浮くのだった。