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かせいのまじゅつし
火星の魔術師
蘭 郁二郎
Read 火星の魔術師 (かせいのまじゅつし) by 蘭 郁二郎 (らんいくじろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 151,120 characters · 302 screens
(おや、何か光っているぞ)
その洗面台の陰に何か光っているものがあるのだ。
(アッ、指輪だ。見つけたぞ)
その瞬間、眼の端を、葉子を乗せたブランコが、矢のように通り過ぎようとした。
(しまった!)
恐ろしい力を持った恐怖が彼の脳裡に、硫酸のように、沁透った。
グワッ、と心臓を吐出すような叫びを漏らすと、黒吉は、渾身の力で、空に体を捻った。幸い、彼の片手は、ブランコの一端を、やっと掴むことが出来たのだ。
※ッ。彼は、鉛のような吐息を、下界に落した。
そして、漸々ブランコに這上ることは出来たが、もうとても、葉子の手にぶら下って、元のブランコに飛び帰る事は出来なかった。
「どうしたのよ、黒ちゃん……」
耳元で、案外平気そうに囁く、葉子に答えようとしても、体の中のものは、全部胸につまって、例えようもなく、重苦しく、そのくせ腹の中は、まるで空っぽで、力というものは、跡形なく消え飛んでいた。
到頭、断念した黒吉は、気を利かして係りが、綱を下してくれたのに縋りつくようにして、舞台に下りつくと、こそこそと遁げるように、楽屋に這入って仕舞った。
気のいい観客は、これが曲芸だと思って、一生懸命、拍手してくれているが、舞台裏の黒吉には唯、嗤われているとしか響かなかった。