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しほんたいへいき
私本太平記(一)
吉川 英治
Read 私本太平記(一) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 246,214 characters · 495 screens
「…………」
「子の覚一のことか。ならばその子も、義貞が手にひきとって、たとえ盲でも、ひとかどの者にしてつかわそう。……のう小夜野、なにもさまで悲しむことはなかろうに」
「あっ、な、なにをなされます」
かたわらの灯が仆れた。簾のすそが大きく揺れて、紛々とうごいた白い花屑が、狂ッた人影を、妖虫のように旋って舞った。尼の影は、縁の階をころげ落ちるように逃げて、いちど一叢の山吹の蔭に隠れ、また走ッて、供の牛飼の男を、あちこち呼び廻っていた。――義貞は追わなかった。縁の隅に立って、
「はははは。ははは……」
と、幼い頃の悪戯遊びでも思い出したように哄笑していた。
相互の城地は、五里ほどな距離しかない。
だから渡良瀬川に小手をかざせば、世良田の動静は、およそ手にとる如きものだった。いちいち足利方を刺戟する風声とならずにいない。きのう以来、足利屋形の内外が、まるで“砦がため”の観を呈したのも、
「新田はすでに、合戦腰だぞ」
と、つたえられ、
「鎌倉へ早馬して、あわよくば、足利断絶の下状を握り、これへ襲する腹とはみえたり」
などと険悪な声も流れたからであろう。――聞きつたえた足利譜代の郷武者たちは、気早にも黴を払ッた伝来の物ノ具などして。