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しほんたいへいき
私本太平記(一)
吉川 英治
Read 私本太平記(一) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 246,214 characters · 495 screens
「ところで今夕、その新田殿に、はからずも行き会いました。相模野を駈けて、鎌倉入りを急ぐ途中で」
「お、出会うたか」
「事面倒と、身を避けましたが、先は目ざとく見つけて、高氏殿へ告げよと、新田殿御自身、駒を返して、私へ申されまいた」
「新田が、なんと?」
「旅途の困難さは、我より公儀へ報じおくゆえ、高氏どのには、多摩の減水を見た上にて、ゆるりと、お渡りあるがよろしからん、と」
「はははは。それが新田の親切気か。高氏が遊女でもあることなら、これや、うれしがる口説かもしれん」
「察するところ、新田殿には、ひと足先に鎌倉へ入って、何ぞ、事前の策でもめぐらす下心ではありますまいか」
「……かも知れぬなあ」
「それを、何で若殿にはご悠長に」
「む。かく川止めの泊りをかさね、彼を見過ごすかと、いうのだろう。――今日の午、新田が川を渡ったと聞くや、家来どもも躍起となってみな言いおったが」
「何か、ほかにご思案でも?」
「さればさ、まだ多摩の水かさは退かず、そちも難儀して来たとおりな濁流であろうがの。そんな危ない川は、この大勢で渡るのには難しい」
「でも、新田殿の列は」
「新田は勇ましい男だ。