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しほんたいへいき

私本太平記(一)

吉川 英治

Read 私本太平記(一) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 246,214 characters · 495 screens

Aozora Bunko

「はははは」

道誉は正面を切って笑った。

「聞けよ、足利。――近江佐々木ノ庄の守護道誉は、執権の君より内々のおむねを受けて、京鎌倉の往来を、不断に目付しておる者ぞ。密訴とは、ばかなうろたえ言を」

「では、あの折の密語は」

「いまは告げてもよかろう。御辺の怪しき遍歴と、その本心を洗わんため、土岐左近を用いて詮議させた手段にすぎぬ」

「ならばなおさら、この高氏に、なんら御不審を蒙るいわれなきは、明白であろうが」

「いや、道誉はそう合点しても、土岐は御辺に多くの疑いを抱き、放免ども(目明し)を用いて、なお詮議をつづけていたのじゃ。つい過日までも」

「しからば、この高氏が滞京中の行為に、何か他にも不審とみゆる証拠でもつかみえたか」

「ありがたく思われるがよい」

道誉は、相手の語気をスラと交わして、

「――幸いに、土岐の詮索も無駄だったゆえ、足利領も無事を得、また御辺の身も、今日の召に晴れて罷り出られたのでおざろうが。……いや何、列座のお役方」

とさらに、貞顕以下寄人たちの方へ向って言った。

「あいにく、土岐左近事は、国元にて病中のため、ここには立会えねど、あらましは、以上、御聴取の通りに相違ありませぬ。