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しほんたいへいき
私本太平記(一)
吉川 英治
Read 私本太平記(一) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 246,214 characters · 495 screens
――若殿に未来の御大望があるごとく、右馬介にも、したいこと、なさねばならぬ儀が、たくさんにある」
「よしっ、いやと申すなら」
「な、なんとなされます」
彼が、反射的な腰構えをしかけたせつな。
「成敗してやるっ」
太刀のつかへ、高氏の手がかかった。しかし、右馬介がその肱を、下からつよく打ったので、高氏は柄手を外し、次の動作に移る体を欠いたまま、
「――おのれっ」
と、ばかり右馬介へ組みついた。右馬介もまた、起ち損じて、それを受けつつどうっと、諸仆れに、ころがり合った。
憎めぬ仲の人間でも、反する目的と、闘争の下では、どっち側にも、いつか畜生同士のごとき憎しみが、動物本能とおなじ状態におかれていた。
「しゃッ、こやつが」
すぐ組みしかれて、その後頭部を大地にこづかれた高氏は、右馬介の喉輪を、からくも、片手で締め返しながら、
「小しゃくなっ」
と、足では、必死の蹴わざをこころみた。
だが今は、右馬介の方も、
「なにを」
とばかり、仮借はない。
下のもがきへ、窒息を思わす圧痛を加えつつ、膝の関節で、高氏の右の手くびを、抑えていた。
離せば、自分が殺される。
もうここには、主従もない。