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しほんたいへいき
私本太平記(一)
吉川 英治
Read 私本太平記(一) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 246,214 characters · 495 screens
彼にも若い妻がある。六波羅勤番の一奉行、斎藤利行のむすめであった。
「波路。いま戻ったぞ」
「まあ、どちらから」
「なんだ、そのあいさつは」
「お兄君はとうに御帰邸。ゆうべの宴は、ご一しょではなかったのですか」
夫妻はすぐ閨に入った。とはいえ、彼女の瞋恚は解けようもない。もつれは閨まで持ちこまれた。
良人の頼春が、こんな深酔いして、明けがた近く帰ったなどは、初めてのことだった。嫁して以来の大事件といわねばならぬ。もし、これを甘やかしておけば習性にもなるだろう。また、脱がした良人の狩衣から、彼女のするどい嗅覚は、ちゃんと、脂粉の香まで嗅ぎとっていた。で、若妻にありがちなすね方も当然だったが、彼女のばあいは、それも尋常一様な嫉妬ではない。頼春は、寝かされなかった。
「……あやまる」
良人は、深く衾を被いて、
「ゆるせ。なにしろ眠たい。はなしは、あしたにしよう」
「いいえ、そんなことで、ごまかされはいたしませぬ」
妻の腕は、羅生門の鬼の腕を思わせる。しがみついていた良人の衾は引き剥がれ、まろくしていた背も、こッち向きに、引っ転り返されて。
「さあ。仰っしゃい」
「なにをいえというか。