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しほんたいへいき
私本太平記(一)
吉川 英治
Read 私本太平記(一) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 246,214 characters · 495 screens
さすれば、貴公の死は、むだになる。
大事は今がほんの端緒。一名の生命といえ、おろそかにはならぬ。みかどの御為、一新の世直しの為、貴公は生命を惜しまれたい。
罪は、資朝が一身にかぶる。
鎌倉の裁きに屈せず、貴公はあくまで言い抜けろ。友を売るなどという小義にこだわらず、助かって欲しい。そして再び貴公が都に帰って、帝座の周囲を鼓舞する日のあらんことを、神かけて祈る。
――もう二度とは、こんな好機にも恵まれまい。これを以て、資朝のこの世における遺言の筆を擱く。
君よ迷うな。
読後、御火中の事。
読み終ると、俊基はすぐそれを、灯にかざした。
油も尽きていたか。紙が燃えると、反対に燭は消えた。冥々たる真の闇が、辺りを塗りつぶす。
しかし、枕についた顔は、闇に迷い漂う物みたいに、ぽっかりと眼をあいていた。
「……資朝卿のお旨は、さながら、さきに自分が、妻の小右京や頼春に与えたことばと何の変りもない。今度はそれをわが身が受けることか。さても死にたくはないものかな……」
あくる朝の安倍川渡りには、手越ノ遊女たちの一と群れが、河原まで送りに来ていた。
もとより囚人輿には、後朝の惜しみなどあろうはずもない。